どの本よりわかりやすい南総里見八犬伝 再 13(皇紀弐千六百七十七年六月一日 參)

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 これを書いたら▲9です。

 實は私は、南総里見八犬傳を書いてゐるんです。



 ほしい人は言つてね。

 犬塚家に信乃が生まれて面白くない亀篠(かめざさ)と蟇六(ひきろく)です。
 自分たちに子供が生まれない亀篠と蟇六は、しきりに養女を探しました。たまたまある家柄の家臣の子で二つになる娘がいました。親が厄年の四十二で、しかも双子だから、よい家があったら、一生涯縁切りの約束で持参金付で養女に出したいとの話がありました。

 持参金というお金にも魅力があって、二人はその子を養女にすることにしました。昔はこういうことがあったのですね。私など、もし何人子があっても養子に出すなどできませんが。また、厄年も今まで以上に気にしてのでしょうし、何と言っても、昔は双子を嫌う風習がありました。「多胎児は獣に通ず」といわれていました。

 さて、いざ、引き取ってみると、仲人口以上に目鼻だちの、なんともまあ愛らしい子ではありませんか。この子なら番作の鼻を明かしてやれると、亀篠と蟇六は、浜路(はまじ)と名づけて、贅を尽くして飾り立て、下男下女のお供で、村人達に見せびらかすため、しょっちゅう出歩きました。まあ、それならいいのですが、亀篠も派手な衣装を着て、若作りして出歩いたものですから、村人達はウェッとなりました。

 芸事もたくさん習わせて、「この子の婿には、位が高く、大金持ち以外はとりません」と高言してはばかりませんでした。

 さて、信乃はどうなったのでしょうか。明日のお楽しみ。つづく。

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このページは、宝徳 健が2017年6月 1日 09:13に書いたブログ記事です。

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