つれづれなるままに(皇紀弐千六百七十八年二月二十八日)

| コメント(0) | トラックバック(0)
 つくづく思ふ。自分は創造型ではなく工夫型の人間だなあと。0から1を創り出すのではなく、今あるものをつまり1を2とか3にするタイプです。決めつけはいけませんね(笑)。パラダイムですね。

 工夫型の人間なので、常にインプットが必要です。インプットなきところにアウトプットなし。そういう意味では、いろいろな會社の情報に触れるのはいいなあ。
 しつこいけど、日本語・・・。すごいうれしいつて云はないで。おめでとうございましたつて云はないで。ありがとうございましたつて云はないで。全然大丈夫つて云はないで。「ら」抜き言葉を使はないで。美しい日本語が・・・・。悲しくなります。

 前にも書きました。號令・命令・訓令。組織を育てやうとするとき、この順番を飛ばしてはダメです。

 體育の時の「前になおれ!」は、號令です。逆らひやうがありません。指示される側に裁量は一切ありません。仕事で云ふと、さうですね~、「明日東京に行くから、明日の〇時〇分ののぞみ〇號何號車窓側を取っておけ」です。

 命令になると少し受ける側に裁量が出てきます。「明日、16時に東京に着きたいから、間に合ふやうに新幹線の切符を賈つておいてくれ」です。間に合ひさへすればいいのです。ひかりでものぞみでも。

 訓令は、「明日、東京に16時に着きたいからいけるように手配を頼む」です。かなり裁量が広がりますよね。飛行機もバスも使へます。

 もちろん一番強い組織は訓令で動きますが、それを創り上げるのは十年以上かかります。組織創りとはそれほど大變なものです。その努力を經營者がしないで、部下に文句ばかり言ってもしかたがありません。一説によると軍隊は一つの組織を創るのに最低二十年はかかるさうです。これは「任務分析」を書いていらっしゃる大橋武夫さんの本に随所に出てきます。大橋さんによると、ITが發達すると、號令が増えるさうです。つまり、バカが増える。確かにわかりますね。組織が創りにくくなる。

 そうだ、讀み返してみました。
大間違いの織田信長

 面白いなあ。さすが、倉山満。いろいろな小説家や脚本家があまりにも信長像を創り上げすぎて、私たちは本當の信長像を知りません。倉山氏によると足利義教の眞似を信長がしてゐたのだそうな。確かにそうだわ。

 もう一冊。これも三囘目。

逆襲される文明―日本人へ〈4〉" src="https://www.kinokuniya.co.jp/images/goods/ar2/web/imgdata2/41666/4166611402.jpg" itemprop="image" width="195">

 塩野七海先生は最高です。古代ローマ帝國に、キリスト教が入りました。歐州は暗黒の時代を迎へます。とくにカトリック教會主義がひどい。キリスト教が入って千年後にルネサンスが起きます。ルネサンスは、疑いの活動です。なぜそんなに素晴らしいものが入って来たのに、自分たちはよくならないんだ。キリスト教が入る前の時代とはどんなものだったのか。だからルネサンス=古代復興(再生)なのです。

 塩野先生の「ローマ人の物語」を全巻讀破したとき、古代ローマ帝國が大好きになりました。なんて素敵な世界なんだ。と。この本は世界史がつながる本です。そして、ああ、我が國は八百万の神でよかったと感じます。だってキリスト一匹ぐらい入ってきてもビクともしないのですから(笑)。

 ああ、本は面白い。さてと、あと3通ぐらい書いて仕事をするか。眠い・・・。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/7473

コメントする

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2018年2月27日 22:15に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「カウンセリングの技法 再12(皇紀弐千六百七十八年二月二十七日 四)」です。

次のブログ記事は「草木萌動(皇紀弐千六百七十八年二月二十日八 弐)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。