カウンセリングの技法 再4(皇紀弐千六百七十八年二月四日 參)

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 2010年に書いた記事のレビューです(20100905)。

 カウンセリングの中で大切なのはクライエントとのリレーションでした。そして、クライアント(患者)がそのリレーションを感じるために、カウンセラーはどのようなことをすればいいかです。

 「受容」と「支持」です。その受容をまず勉強しています。今日は、受容を実施したときに考えられるいろいろなケースを勉強しましょう。

 以下かかれている、カウンセラーのところを「経営者(またはリーダーに)」、クライエントのところを「部下」に置き換えてみてください。

 受容という反応を妨げる要因が、これまで勉強した「カウンセラーの価値観」の他にふたつあります。もちろんカウンセラー側の問題です。問題の本質はクライエントが持っていますが、「問題の解決」については、カウンセラーが持っているのです。これがカウンセリングなのです。

 ひとつはカウンセラーの私生活上の問題であり、もうひとつは、カウンセラーの性格の幼児性です。


①カウンセラーの私生活上の問題

 カウンセラー自身が肉親を失ったばかりで、自分自身が悲しみの中にいるとき、人が肉親を失った悲しみを語ってもなかなかそれを聴く余裕はありません。自分が子供のことで困っているときは、人の子供の話どころではありません。ですから、カウンセラーは自分の苦しさをクライエントに話さないですむように、他の誰かに自分のカウンセラーになってもらう必要があります。そういう人がいないときは、自分自身でその問題をなんとかする必要があります。カウンセラーはそれだけ自力の精神力を必要とするのです。 to be goodですね。

 ただし、私生活に何の悩みもないハッピーな人間がカウンセラーに向いているかどうかは疑問です。人生の困難にぶち当たった経験がないと人の心などわかりません。

 カウンセラーは、困難に当たったとき、この問題を解決することにより、カウンセラーの自分が一段と向上すると考えて、問題に対処していきます。

 

②カウンセラーの幼児的性格

 幼児的とは自己中心的ということです。クライエントが「実は先週父を失いまして・・・」と言いかけると、そのあとをついで「実は私も九歳のときに父を失いまして・・・」と自分の父の思い出を語るのがその例です。クライエントは、カウンセラーの話をがまんして聴かざるを得なくなります。どちらがカウンセラーかわからなくなります。

 でも、人間は誰でも、そして、何歳になっても幼児性のない人はいません。でも、少なくともクライエントの前では、そのナルシズムがでないような訓練が必要です。

 

 さて、受容についてはここまでです。もう一度、「受容とは非審判的態度・許容的態度で人の話に耳を傾けること」であることを確認しておきましょう。

 宇佐美史郎氏もとても聴き上手でした。JFKもとっても聴き上図だったようです。

 次回から二番目の「支持」を勉強していきます。

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このページは、宝徳 健が2018年2月 3日 22:19に書いたブログ記事です。

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