福岡髙校テニス部日誌 S(皇紀弐千六百七十八年三月十四日)

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 この日誌ももうすぐ終はりなので、寂しいなあと思ってゐました。今日、家に歸つたら何かノートの束が・・・。かみさんが片づけをしていたら出てきたみたいです。懐かしい物ばかり。テニス部日誌があと5冊ありました。私自身の若い時の日誌も。これで当分ブログの日誌ネタがあります。今書いているテニス部日誌は、以前、このブログにも掲載していましたが、今日見つかったのは初公開です。昭和五十年~五十二年があります。つまり、髙校の三年間です。まだよく見てゐませんが、よく残つてゐたなあ。

 では、今の日誌の續きです。またも安河内A君です。
4月2日 土 はれ A.YASUKOCHI

 合宿に入って5日目。明日で終わり。うれしことやけど、もう今晩1日しか夜がないと思うと今晩はじっくり楽しまないかんと思った

 朝、今まで階段を奔っていたのだが、晴れていたので運動場を走った。早朝トレーニングはつらい。体がかたいからだと思うが、めしがもうすぐ食えるんだと言い聞かせてやっとのことで耐えた。

 午後になって、カワナベさんがさしいれとともにやってこられた。さしいれはユーハイムと書いてあったが、高級品に手のでないぼくにはどんなものかの見当もつかなかった。今晩が楽しみであった。

 カワナベさんと宝徳さん、カワナベさんと中垣さんの1セットのゲームがあったが、先輩たちは善戦され、2試合ともタイブレイクになる接戦で先輩たちが勝利をえた。とてもすばらしかったと言える。

 6時ごろトレーニングをやった。10周のランニング。なぜかきのうより楽だった。昨日は藤と寺田が二人で先頭を走った。というより競争しているようだったからだろう。そして、あばれ馬はたまらん。信二の短い足を地面につけるなんて気の遠くなる話だ。それでも、がんばって腰を低くしたのに信二の足はいっこうにつかん。というより姿・形さえ見えん。なんのこっちゃと思っていると信二はただでさえ短い足を曲げてもしくは広げてできるだけつけまいと努力していた。こんなきついのはたまらん。もういやっ。

 夜、カワナベさんのさしいれとやらをみた。いや、食べた。1つはとてもうまかった。もうひとつは森菓子にあるシュークリームのちょっと大きめで、たっぷに中にクリームがはいっていた。もうそれだけで十分だったが、さすがに宝徳さん。デザートとジュースをつけてくれたのはうれしかった。

 そしてまたトランプをした。趣向を変えてクリプトとかいう数字あてをやった。弥永が芦屋に持ってきた。変わった遊びでなんともいえない面白さがある。特に今回はついていたので、面白かった。11時消灯。

 信二と一緒に寝た。あやうく寺田につかまるところだったが、ふとんの中では寺田は何もできん。僕勝ちやと思って一応抵抗する。寺田をしとめて、ぐっすり眠った。

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このページは、宝徳 健が2018年3月13日 20:34に書いたブログ記事です。

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