命の手紙 87(皇紀弐千六百七十八年四月二十三日 弐)

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 今年九十一歳になる父が、自分の人生を書き綴つてゐます。私がこのブログに父の人生を遺します。

 先日、白内障の手術をすると聞きました。離れて住んでゐるので「ああ、あと何囘會へるのだろう」と思つて、今月2囘會ひに行きました。まあ、私より元氣です。逆縁を切らないやうにしないと(汗)。「食いものがうまいんだ!」ですつて(笑)。

 父が海軍について書いてゐます。つづきです。

 海軍は釣り床(つりどこ ハンモック)だが松空はベッドだった。釣り床訓練はキツイのだそうだ。厠(かわや 便所)は水洗だったので驚いた。

 「厠」と書いたが海軍には世間では使わない言葉が多かった。

 風呂はbath。東西南北=EWSNと略していた。勿論W=wesだ。

 ふきんは内舷マッチ。掃除のときに使う大きな盥(たらい)はオシタップ=ウォッシュタブ。

 烹炊所(ほうすいじょ)は調理をするところ(炊事場)で、食器はすべてアルミ製。

 食卓番という食事当番が飯缶(ぱっかん)(10人分ほど入るご飯の入れ物=食缶)を烹炊所に取りに行き食事の用意をする。組長(ボク)は食卓番はやらない。 つづく

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このページは、宝徳 健が2018年4月22日 16:14に書いたブログ記事です。

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