戰國策 再98(皇紀弐千六百七十八年六月三十日 六)

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 荊軻が燕の太子・丹の願いを聞き入れ、丹は荊軻に最高に贅沢な生活を与えたところまででした(20100606)。

 史記にも書かれている戦国時代、最大の刺客、荊軻(けいか)による秦の始皇帝暗殺事件です。
 時は流れました。でも、荊軻は、なかなか腰を上げません。その間にも、秦は、趙を破り、趙王を捕まえ、領土を奪い、燕の国境に迫りました。太子・丹は、思い悩み、荊軻に言いました。

丹「秦がいつ、国境を渡るやもしれません。おもてなしも、いつまで続けられることやら」

荊軻「私も申し上げようと思っていました。秦に行ったとて、信頼されなければ秦王には近づけません。秦は、樊於期(はんおき)将軍の首を手土産に、これに加えて国境付近の土地の地図をそえて献ずれば、秦王はよろこんで会ってくれましょう。そのとき、太子のご恩に報いることができます」

 樊於期とは、始皇帝に逆らって、秦を飛び出し燕に亡命していた将軍のことです。丹は言いました。

丹「樊於期将軍は、困って私を頼られたのです。別の方法はありませんか」

 荊軻は、丹に黙って、樊於期に会いました。

荊軻「秦の仕打ちはまことにひどい。父母一族を皆殺しにしたばかりか、将軍の首にも金千斤をかけたといいます。どうなさるおつもりか」

 樊於期は、荊軻に説得され、「あとは頼んだ」と自らの首をはねました。丹は、そのことをきき、死体にとりすがってなきました。

 太子・丹は、かねてから鋭利な匕首(あいくち)を捜し求めていましたが、趙の名工が作った素晴らしい匕首が手に入り、それを買い取りました。その刃先に毒を塗り、試し切りをすると、ほんのかすり傷で皆即ししました。さあ、樊於期の首も鋭利な匕首もそろいました。いよいよ出発の時です。つづく。

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このページは、宝徳 健が2018年6月30日 08:24に書いたブログ記事です。

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