命の手紙 89(皇紀弐千六百七十八年五月七日)

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 この記事から明日のルーティンです。

 連休中、息子が、家に來てゐました。やはり樂しいですね~。たくさん話をしてくれました。父は、彼のところにも手紙を送ってゐます。あの若さで、父の手紙の内容を完全に理解してゐるどころか、地名を檢索するなどして、自分のものにしてゐます。彼は地政學に詳しいので、樂しいのでせう。

 さて、つづきです。海軍航空隊のことを父が書いてゐます。今は、食事篇です。
 海軍航空隊は"うまいもの"を食べていた。いつまでも記憶に残っているのは、昭和20年5月4日。この日B29(爆撃機)と、グラマンF6F(戦闘機)の戦爆連合の襲撃を受けて松空(まつくう)は壊滅した。戦死者が出た。あの空爆は怖かった。

 翌日は5月5日=端午の節句だからご馳走の支度をしているのでギンバエ 烹水所(ほうすいじょ)を襲うことを海軍では「ギンバエ」という。

 17歳~22歳までの生意気盛りの集団は軍隊であっても「飯が足りない」「うまいものを食わせ」と気勢を上げた。

 海軍はこれを抑えつけず、「これはどこそこ」「これはどこそこ」の食事と見本が展示されて、松空の食事は他に比類がないことが実証された。 つづく

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このページは、宝徳 健が2018年5月 6日 19:26に書いたブログ記事です。

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