命の手紙 129(皇紀弐千六百七十八年十月七日 四)

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 つづきです。さあ、父は首になるのでせうか?
 社長が「総務部長から宝徳さんの勧奨退職が提言されたが、却下しました。引き続きよろしく」。役職者はみな大卒、そのなかで小卒はボクだけです。夢のようでした。65歳までいて250万円(+退職金?)ももらいました。

 しばらく経った日、営業本部長から「社長がいっぱいやらないかと言っている」と誘いがありました。社長と部長は東北大学法学部の先輩後輩で、折に触れてイッパイやっているようです。

 営業本部長がトイレに立ったとき、「宝徳さんはもう少し早くここ(会社)に入っていたら今年あたり常務なのになあ」と社長に言われました。いろいろな事情があり、ボクは45歳でこの会社に入りました。

 ボクの今日に至るきっかけをつくってくださった住友の大谷正夫専務もそうですが、三菱の横山昌隆社長も「ナゼ」と思うほど支援をしてくださった。不思議に地位の高い方たちが助けてくださっている。人の運(うん)はどこにあるかわからない。 つづく

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このページは、宝徳 健が2018年10月 6日 21:20に書いたブログ記事です。

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