Tennis Diary 一つずつ不可能を可能に 15(皇紀弐千六百七十八年十月六日 五)

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 まあ、私の髙校時代は、窮屈に生きてゐますね~(笑)。特にのころは怪我で苦しんでゐるからですね。

 こんなにしんどそうだつたかと云はれると・・・・。覺へてゐません。覺へてゐるのは、かなりのプレッシャーがあったこと。マネジメントはいろいろな同級生にも手傳つてもらへますが、リーダーシップはさうはいきません。インターハイに行くと決めました。監督もコーチもいません。でも、それは言い譯に
ならない。

リーダーとはいかなる状況でもチームを勝利に導く

 どんなに格好惡くても。髙校生では、それがかなりつらかったのでせうね。その時はつらいとかは考へることもできませんでしたが。

 人に敗けるのが嫌いであったことだけは事實です(笑)。

 では、十七歳の宝徳のしんどさを今日もみますか。今の甘い甘い自分と比較しながら。
 2/9(月)

 悩む前に何かをしろ。悩んで もうだめだではなさけない。それに立ちむかっていくのが男だ。たとえ歯が立たなくても力をつけてもう1度、さらにもう1度、何度も何度も勝ち得るまで。そうやっていく過程で成長し大人になっていくのだ。常に人生においては何かと戦わなければならない。戦い、苦しみ、負け、勝ち、それらを通らなければ前には進めない。さけていてはいつまでも平行線だ。ターゲットをさだめ、ゐ直線につきすすめ。2点を結ぶ最短距離は直線である。

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このページは、宝徳 健が2018年10月 6日 21:42に書いたブログ記事です。

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