源氏物語 89(皇紀弐千六百七十八年十二月二十二日 弐)

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 A家に所蔵されてゐる源氏物語と、B家に所蔵されてゐる源氏物語とでは、ストーリーにほとんど違ひはないのですが、細かな表現には無數の違ひが生じました。さて、どんな違ひがあるのでせうか?(これは次囘)、・・・までが全囘の締めでした。

 例えば、桐壺。桐壺は云ふ名でもなく、すぐに亡くなってしまふにもかかはらず、ずつと、源氏物語(特に前半)の主役です。光源氏は、桐壺の面影を(おそらく幼少で覺へてゐないけれど)追い續けながら戀をします。

 桐壺帝(帝)が、桐壺が亡くなったあと、支那の傳説の美女である楊貴妃よりも美しかつたことを、思い出す場面があるさうです(私は青表紙本を観たことがない)。

 探してみたら全巻ではないけどありますね。青表紙本。




 一番上が「桐壺」、二番目が「明石」、三番目が「花散里」・・・。だそうです。ああ、だめ。かういふのを知ると、もう、我慢が出來ません。 注文しました。私も源氏物語に魅せられた一人になりつつあります。うれしいなあ。意外と安い。

 おつとブログに戻らないと。う~ん、長くなったから次囘に。

 源氏物語本題に戻ります。藤壺→朧月夜→六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)ときました。次は・・・・。


 花散里です。花散里は、十一帖です。源氏物語で最も短い帖です。

橘の 香をなつかしみ ほととぎす 花散る里を たづねてぞとふ


 桐壺帝が亡くなつて、左大臣派(光源氏はこちら)から右大臣派に政權の中枢が移り、光源氏が亞流に追いやられても光源氏に優しくしてくれた女性です。素敵ですね。

 まあ、かうやつて、光源氏の須磨での生活は、手紙を交わす相手もたくさんあって、いそがしくもあり、さびしくもありながら過ぎていきました。  つづく

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このページは、宝徳 健が2018年12月22日 07:18に書いたブログ記事です。

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