住吉っさん 8(皇紀弐千六百七十八年十二月三十一日)

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 下関にある、長門國の一宮 住吉神社です(正式名称 住吉坐荒御魂神社(すみのえのにますあらみたまじんじゃ)。きれいな神社ですね~。

「我が荒魂(あらみたま)は、穴門(あなと)の山田邑に祭らしめよ」(日本書記)

 新羅親征を果たした神功皇后に荒魂を長門(穴門)に祭るやうに住吉三神が告げました。

「和魂(にしきみたま)は王身(おほみみ)に服(したが)ひて壽命(みいのし)を守り荒魂は先鋒(みさき)として師船(いくさぶね)を導む」

 住吉三神は、神功皇后の親征でこう告げ、和魂と荒魂の両面で守ってきました。荒魂とは「勇猛果敢で窮地に陥ったときに發動される神魂です。つまり、新羅の侵攻に備え、西を睨む要との位置づけ」です。

 わかりますよね? 國防がないと國を護れないのです。そして、日本書記の記述にご注意ください。「和魂」「荒魂」と「和魂」が咲きに來てゐます。

 つまり、平和が先に来る記述。武力はどうしてもしかたがないときにしか使はないといふ我が國傳統的な考へ方です。

 イザナギノミコトが、黄泉の國から歸つてきたとき禊をします(住吉三神もそれで生まれた)。そのときに、左眼を洗つたときに生まれたのが天照大御神です。右目が須佐之男命、鼻が月讀命です。

 最高神が左眼から生まれてゐます。他の國では、「左」は不淨とされます。右の方が強いからです。つまり、武力を好みます。我が國は、左。つまり、弱い方を重んじると言ふか、強い方を後囘しにする。これが神話の世界からつづいてゐます。歐米などに云はれたくない。

 それに、こんな太古からシリビアン・コントロールがあるのです。

 宮中では、右大臣より左大臣の方が位が上です。同じ意味です。

 ひとつひとつみていくと、我が國のすばらしさがわかります。 つづく。

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このページは、宝徳 健が2018年12月31日 05:48に書いたブログ記事です。

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