この歪(ひずみ)をよしとするな 2(皇紀弐千六百七十九年一月二日 六)

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 大晦日の記事を再掲します。

 昨日の讀賣新聞の記事はひどいですね。これを何も考へずに讀んでしまふ人は、我が國のことがわかつてゐない人です。非立憲です。


 繰り返し書いてきましたが、憲法とは「国柄・歴史・文化・文明・風俗・習慣」です。その國が培ってきたものです。それを文章化したものが「憲法典」です。つまり日本國憲法は憲法典です。では、この憲法と云ふ名の文章でしかない 邪教 日本國憲法「典」は、本來の意味の憲法をあらはしてゐるのでせうか?答えははつきりしてゐます。

NO!!!

です。 つまり、邪教 日本國憲法「典」自身が立憲主義に違反しゐるのです。憲法違反なのです。

 よく、憲法とは「權力を縛るもの」といふ人がゐます。完全にフランス革命から來てゐます。そうであるなら、そんな國は、權力を縛らないと國家運営ができない歴史ばかり送つてきた國といふことです。世界で唯一歴史が連續した人間社會の奇跡に國 我が國日本では、そんなものが当てはまるはずがありません。我が國は、世界最古の國民國家です。

 秋篠宮樣が、大嘗祭のお金を別にした方がいい御發言されました。それについて、俗に言ふ識者があれこれ言ってゐます。なんとまあ、愚かな。

 「憲法」といふ觀點から云へば、我が國で正しいのは、憲典體制です。つまり、憲法典と皇室典範は同列で互いに補完し合ふものであるといふこと。これが正しい我が國の在り方なのです。この事實からみても、邪教 日本國憲法「典」が憲法違反であることがわかります。

 皇室典範は、天皇家の家法です。そこに口をあまり出さないでくれと秋篠宮樣は仰つてゐます。口を出すと官僚が出張つて来て、これまた「憲法違反」をします。それは後日。今囘の記事も如實にそれをあらはしてゐます。

 今囘、天皇陛下が譲位されるのも暗にそのことを仰つてゐます。だから、象徴天皇の在り方を模索されることは大變なことだつたと推察されます。

憲法違反の憲法「典」に從はうとされた陛下の苦しさ

 國民は不勉強さを猛省する必要があります。

 こんなことを堂々と記事にする讀賣新聞もどうかしてゐます。愚か極まりありません。さすが御用新聞です。

 長くなりましたので、なぜこの新聞記事が愚かかは明日、元日にご説明します。つづく

 では、解説します。
 まず、署名公布。我が國の憲法では(憲法典ではない)、御名御璽です。

 それもそうなんですが、元號を發布するのは、官僚の權限ではありません。新陛下(天子樣)です。皇室典範が憲法「典」の下にあることがなぜいけないか。かういふ官僚跋扈が大東亞戰爭で、我が國を崩壊させました。我が國の憲法(文化・文明・歴史・傳統・風俗・習慣)に鑑みると、憲典体制(憲法典と皇室典範は同列)が常識です

 新聞記事を赤で囲ったところをみてください。内閣法制局が「政治の都合」で、皇室を語つてゐます。とんでもない立憲主義違反です。かう云ふ記事やTVニュースに何の反應もしない國民の不勉強さにも問題があります。

 もう一つ、皇室は先例主義です。新儀をするときには、かなり愼重にやります。だから、我が國は、世界で唯一歴史が連續した人間社會の奇跡の國なのです。

 新儀をすると必ず國が亂れます。後醍醐天皇しかり、白河上皇しかり。

 マスゴミや官僚に騙されないやうにしませう。

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このページは、宝徳 健が2019年1月 2日 05:26に書いたブログ記事です。

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