超譯 邪馬臺國は存在しなかった 4(皇紀弐千六百七十九年一月五日 參)

| コメント(0) | トラックバック(0)
 室谷克美氏といふ韓国の専門ジャーナリストがゐます。室谷氏の「日朝古代史 嘘の起源」と云ふ本があります。

 その中で、韓国學中央研究院名譽教授のパク・ソンス氏の見解が紹介されてゐます。



「日本古代史は中国の史書「魏志」倭人伝に至って初めて出てくる。それを見れば倭人がどこにいたかというと、韓半島の「帯方郡」「今の黄海道」から南におりていけば韓国があって・・・・。また降りながら東南側に行けば狗邪韓国に出る。倭人はすぐにそちらに住む」(原文ママ)

 つまり、韓半島から海を渡つて日本に行けばもう一つの韓国があると。そして、日本を支配してゐるのは「狗邪韓国(くやかんこく)」だと。 日本は百済の植民地だといふのですね。

 百済の建國は、西暦346年です。三世紀前半の「魏志倭人伝」とはつじつまが合いません。

 百歩譲っていいとしても、これは、笑つてしまふほどの話です。それを次囘から。

 さすが、歴史をファンタジーにする韓国人です。あっ、支那人は、歴史をプロパガンダにします。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/8147

コメントする

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2019年1月 5日 08:14に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「千夜一冊物語 3(皇紀弐千六百七十九年一月五日 弐)」です。

次のブログ記事は「住吉っさん 10最終囘(皇紀弐千六百七十九年一月五日 四)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。