超譯 邪馬臺國は存在しなかった 3(皇紀弐千六百七十九年一月四日 四)

| コメント(0) | トラックバック(0)
 「邪馬臺國」「卑弥呼」。すべて蔑称です。こんな、我が國を馬鹿にしたことになんで多くの人が血眼になって研究してゐるのだらう???? これは、田中先生が書かれてゐるだけではなく、私もずつと思ってゐました。これも、私が邪馬臺國に興味を持たなかつた理由かもしれません。
 
 支那大陸の支配者がもつ共通感覺ですね。相手を平等に直視しない態度。

 その蔑称をむしろ好んで使ふ、何と表現していいかわらかない我が國の學者たち。これも敗戰後の自虐觀のひとつなのでせうか? それとも、敗戰利得者たちの儲けにつながってゐるのでせうか?

 ばかばかしくて語る氣にもなりませんが、韓國の學者が魏志倭人傳を讀むと、我が國は、かつて百済の植民地だつたことになるさうです。次囘は、この愚かなることについてお付き合いください。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/8143

コメントする

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2019年1月 4日 07:35に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「眠れぬ夜のために 3(皇紀弐千六百七十九年一月四日 參)」です。

次のブログ記事は「住吉っさん 9(皇紀弐千六百七十九年一月四日 五)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。