超譯 邪馬台國は存在しなかった 8(皇紀弐千六百七十九年二月三日 五)

| コメント(0) | トラックバック(0)
 三國志は、陳壽と云ふ人間が書きましたが、陳壽につとて、日本などどうてもよかつたのです。

 魏志倭人傳には

「さて汝を親魏倭王として、金印・紫綬を与えよう」

とあります。つまり、王として認めるから魏の子分になれと魏の親分が卑弥呼とかいふ女性に言つてゐます。

 この内容が書かれてゐる史料は、魏志倭人傳だけなのです。他には一切存在しません。日本の學者は、なのに、なぜ、あんなに大騒ぎするのでせうか?

 ただ、三國志が支那の正當な歴史書だとされてゐるからといふ理由だけで。支那は、歴史をプロパガンダに使ひます。つまり嘘だらけです。日本の歴史學者のただの思ひ込みです。

 敗戰による自虐觀。その自虐觀を活用して儲けてゐる、敗戰利得者も大きく關係してゐます。つづく

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/8183

コメントする

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2019年2月 3日 10:21に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「源氏物語 98(皇紀弐千六百七十九年二月三日 四)」です。

次のブログ記事は「どの本よりわかりやすい千夜一夜物語 18(皇紀弐千六百七十九年二月三日 六)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。