千夜一冊物語(皇紀弐千六百七十九年 令和元年六月八日 弐)

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 私達の子供のころというか、高校ぐらいまでは、世界一流のスポーツをTVで観ることはあまりありませんでした。私がやっていたテニスでも、せいぜい、デビスカップで他国の選手が来た時ぐらい。それも、日本はテニスが弱かったのでデビスカップアジア予選で負けますので、一流どころといえば、オーストラリア(当時はテニス王国 ロッド・レーバー、ケン・ローズウォール、ジョン・ニューカム。女子ではグーラゴング)が来日してきた時ぐらいです。高校時代に初めて、アメリカのジミーコナーズとオーストラリアのジョン・ニューカムのアメリカでのウィナーズ・テイク・オール(勝者が賞金の全てを獲得する)の試合を観たときは驚きました。「自分たちのやっているのはテニスではない」と。小さい時から一流に触れないと決して一流選手にはなれません。一時は本気でプロになろうと思っていた(バカですね:当時の福岡の片田舎では無理です:(笑))私は無残にも夢を打ち砕かれました(かえってよかった)。

 サッカーもそうです。当時日本は目も当てられないぐらい弱かった。メキシコオリンピック(昭和四十三年)のときは銅メダル。ウイング杉山がサイドを駆け巡りセンターリング、それを、センターフォワード釜本がシュートして得点。ワクワクしながら観たものです。でも、その後の長期低迷。


 さて、そんなサッカーですが。




 前述したように弱い日本に一流選手は来ませんから私達も観ることはありませんでした。これは、私の勘違いかもしれません。一度だけ、オランダサッカーを観た記憶があるのです。もしかしたら、大人になってから何かの機会があったのかもしれません。

 ヨハン・クライフ率いる集団の組織の在り方に感動しました。当然ながら、サッカーは11人でやります。とこどが、オランダチームは、20人ぐらいいる錯覚に陥るのです。それはなぜか、この本に書かれています。千夜一冊としてはかなり面白いですよ。

 クライフターン。なつかしいなあ。

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このページは、宝徳 健が2019年6月 8日 04:55に書いたブログ記事です。

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