私の履歴書(皇紀弐千六百八十年 令和弐年十一月八日 參)

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 小学校三年生の一学期の終わりから 静岡県駿東郡裾野町(現 裾野市)に引っ越しました。

 身体が弱かった私は、自然がいっぱいのこの土地で、楽しく楽しく過ごしました。まずは、釣り。もちろん山の中ですから川釣りです。渓流ですが、子供なので、岩魚(いわな)がとれるほど奥にはいけません。マスは、子供が釣るのには高級魚です。

 もっぱら ウグイ でした。大人はついていきません。一人で行くことがほとんど。子供が行くところですが、結構危険がいっぱい。でも、今の親にように「あれをしてはいけません。これをしてはいけません」なんて、教育はしませんし、昨日書いたように、父も母も、「大人になるまで生きられないのなら死んでもいいから好きなことをさせるという方針でしたから、何も言いません。

 姉に男の子(私の甥)が生まれた時、母が姉に言いました。「男の子はね、その日のうちに生きて帰ってくればそれでいいのよ」。(笑)

 ウグイのエサは、現地調達をするとしたら「川虫」です。河原の石を拾って裏を見れば たいていいます。

川虫 画像 に対する画像結果
 手作りの時は、メリケン粉(と言ってもわからないか 小麦粉)をボールに入れて、水を少し入れて、もみます。そこにお酒としょうゆとふりかけを入れて、もみまくります。いいにおいがします(笑)。

 それを釣り竿の取っ手の所に塗りたくって持っていきます。

うぐい 画像 に対する画像結果
あかはら

 ネットに あおはらの 画像がないなあ。あかとあおの色がとてもきれいでした。

 河原で 火を起こして 焼いて食べます。 もちろん、固形燃料やちゃっかマンなんかはありません。

 枯れ木を探してきて、それを組んでその周りに、これまた枯れ木に刺した うぐいを並べます。枯れ木を組んだ下に新聞紙を入れて火を焚きます。炭は持っていけないので、枯れ木を次々組んで火が消えないようにします。火? マッチです。100円ライターなんかなかった。

 焼けたらむしゃむしゃ食べます。食べ終わった後のうぐいの浮袋で遊ぶのが楽しかった。

 いまだったら、親たちが
「火遊びしてはいけません」
「魚の中に虫がいたらどうするの?」
「そんな危険なところに行って何かあったらどうするの?」

ですね(笑)。弱い男の子しか育ちません。哀しい時代になりましたね~。

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このページは、宝徳 健が2020年11月 8日 09:37に書いたブログ記事です。

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