新嘗祭(皇紀弐千六百八十年 令和弐年十一月二十三日)

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 敗戦後、GHQ(進駐軍ではない占領軍)は、WGIP:ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム 敗戦前の日本はすべて悪だったとう日本国民に対するプロパガンダ工作)をはじめとする我が国弱体化政策を推し進めました。多くの国民がそれを信じ、今の日本につながっています。

 アメリカは我が國が怖くて仕方がなかったのです。アメリカが一番恐ろしかったのは、シラスという君民一体となったわが国の国体でした。世界で唯一歴史が連続した人間社会の奇跡に國とう世界のどの国も実現できなかった国体です。

 なので、皇室と国民の切り離しをやりました。
 
 我が國には今、祭日がありません。祝日しかありません。祭日は、皇室と国民が「皇(すめらぎ)弥栄(いやさか) また歴史が国体が続いたね~」を共に祝う ものです。

 今日は、新嘗祭です。勤労感謝の日なんてへんてこな名前ではありません。宮中祭祀の中で最も重要な儀式です。

 これは、三大神勅(戦前なら小学生でも知っていた)に基づいた祭りです。天皇陛下が今年も豊かにお米がとれたことを祝ってくださいます。陛下は、この日まで新米を口にすることはありません。

天壌無窮の神勅(てんじょうむきゅうのしんちょく:我が子孫が日本の統治者であり、清く正しい統治をする限りそれは永遠に続く)

斎庭の稲穂の神勅(ゆにわのいなほのしんちょく:天照大御神は瓊瓊杵尊に稲の種を与え、これで民を養いなさいと命令した。日本は稲作国家である)

宝鏡奉斎の神勅(ほうきょうほうさいのしんちょく:天照大御神は瓊瓊杵尊に鏡を与え、これを私と思っていつも自分を映し出して自己を反省せよと命令した)

 このうち斎庭の稲穂の神勅が新嘗祭と式年遷宮と深いかかわりを持ちます。稲作への祈りです。

 祭日の復活! 国家再生へのそしてフリーダムへの一つの道筋です。

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このページは、宝徳 健が2020年11月23日 07:28に書いたブログ記事です。

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