源氏物語127(皇紀弐千六百八十年 令和弐年十二月二十四日 參)

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 一条兼良は、なんとまあ、四人の妻妾のとの間に二十六人の子供に恵まれたそうです。一人の妻とはなんと十五人も生んでいます。

 兼良が四十五歳ぐらいを過ぎたころから、この一人の妻以外との子が次々と現れたそうです。さすが、五百年に一度の天才(笑:関係ないか)。

 最後の子はなんと兼良が七十五歳の時の子です。

 好色光源氏でさえ三人です(もっとも光源氏の後継者 息子の夕霧は十五、六人の子だくさんでした)。

 今日は人間くさい兼良の初回です。

 さて、本文。
 紫の上の機嫌が直らないまま、夕方に光源氏は参内します。
 
 そして、その前に館でなにやらコソコソ手紙をしたためています。明石の君へ~(笑)。こりんやっちゃな~(笑)。

 館の女房達は眉を顰めます(紫の上の味方です)。

 その日は宿直の予定でしたが、さすがに紫の上のことが気にかかり夜更けて二条院に戻りました。

 すると!なんと!さっきの手紙の返事が届いたところではありませんか!隱に隠せずに、さっと目を通すと特にまずいことは書いていないんですが・・・・。その手紙をポンを紫の上の方に投げました。紫の上は見ようともしません。

光「見ないふりをすると目じりがへんですよ。実は、とてもかわりらしい娘をさずかったんです。前世の因縁でしょう。立派に育てたいけど、トラブルも多いし思案に暮れているんです。あなたの考えを聞きたいなあ。ここで育てるわけにはいきませんか?あなたが母親代わりになって・・・・」

 最低ですね。さて、紫の上はどう答えたでしょうか! つづく

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このページは、宝徳 健が2020年12月24日 17:16に書いたブログ記事です。

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