源氏物語131(皇紀弐千六百八十一年 令和參年壱月参日 五)

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 和歌のことを「古今和歌集」の真名序(まなじょ:意味や解説、類語、和書の漢文で書いた序文)では、「花鳥の使」と呼びました。一条兼良が「我が國の至宝は源氏物語の過ぎたるはなかるべし」と宣言した源氏物語とは、男女の仲をやわらげる「和」の精神のエッセンス(=花鳥の使)にほかありませんでした。なので、兼良の源氏物語解説「花鳥余情」はその名がついています。

 一条兼良の章はこれで締めます。彼の墓は、東福寺にあります。

 さて、本文 第十九帖 「薄雲 うすぐも」を書いています。薄雲には四つの出来事があり、その二つ目のポイントつづきを書きます。
 源氏物語の、特に前半部分のキーは、桐壺-藤壺-紫の上です。このラインを外しながら読むとやたら登場人物が多く出てきてそれが整理されずに読んでしまい、頭が混乱します。

 帝に寵愛された美しい女性 桐壺は、光源氏の母親です。でも、宮中での嫉妬に遭い、光源氏を産んだ後に命を落としてしまいます。帝(桐壺帝)は悲しくて忘れることができません。桐壺帝は、息子である光源氏を宮中に置き留めると危険だと考え臣籍降下をします。

 光源氏は、それはそれは見目麗しい人です。

 そこに、藤壺が登場します。妃になる藤壺は桐壺そっくり。母をあまり知らない光源氏は、一気に恋をします。そして、禁断の恋。なんと、藤壺は光源氏の子を身ごもってしまいます。それは二人の秘密。東宮-帝とその子はなります。

 紫の上は、藤壺の姪です。幼き時から光源氏は手元に置いて育てます。そして、正妻のような立場に。

 あとは、この三人を軸に展開されるのが源氏物語の前半です。

 閑話休題。

 光源氏の亡妻 葵上の父親は 太政大臣です。光源氏の後ろ盾でもあります。その太政大臣が亡くなりました。光源氏にとっては痛恨の出来事です。

 そして、藤壺の院まで亡くなってしまいます。藤壺が亡くなる前に、光源氏は藤壺の院を見舞いました。

「帝(二人の子供)のご後見は心身を尽くして務めます。しかし私もいつまで生きてられることやら」

 藤壺の院は三十七歳の若さで灯が消えるように静かにみまかりました。

 そして詠んだ歌が昨日紹介した和歌です。 次回は薄雲三つ目のポイントです。つづく

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このページは、宝徳 健が2021年1月 3日 06:41に書いたブログ記事です。

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