易子而食(皇紀二千六百八十二年 令和四年 令和四年一月二十六日 弐)

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 食人宴席―抹殺された中国現代史 という本があります。支那大陸の人は、いまだに、食人をすることは、通州事件で、日本人が惨殺された歴史を見てもわかります。
 彼等、支那人は、春秋戦国時代などで、籠城し、食料が亡くなったら、飢えないために、子供たちを好感して、袋をかぶせて首を絞め、大人たちが食べていたそうです。史記にもはっきり書いてあります。それを「易子而食」というそうです。

 日本人の感覚だと、自分は死んでも、子供は助けたいですよね。私は、はじめて史記を読んだときに信じられないのと恐怖でブルブル震えてしまいました。大学生の時かなあ。

 別に支那大陸の人のことをとやかく言うのではなく、それに似た事件が日本でも起きてきましたよね~。日本人かどうかも含めて。

 私の大好きな日本は、どうなっていくんだろう。女系天皇を認める人の割合もたくさんあります。

 世界で唯一歴史が連続した奇跡の國 我が國 日本は、常に不易流行を大切にしてきました。つまり、変えてはいけないことは変えない。でも新しいことを受け入れる。その新しいことを不易を誘導させるために長い年月をかけてきました。

 漢字が伝来してから4~5百年かけてやっと使っています。日本人がかなを作ったから仕えたのです。それに、今の、支那の漢字の8割は日本人作と言います。

 不易流行すてきですね。

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このページは、宝徳 健が2022年1月26日 15:48に書いたブログ記事です。

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