演繹法と帰納法(皇紀弐千六百八十二年 令和四年一月二十九日 參)

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 学生の頃からどうもこのふたつの違いがわかりませんでした。だから、今、構築中の「脳」力開発塾には、「今さら聞けない塾」も含めたいと思います(笑)。

 どう違うんだっけ?
演繹法:ルールや法則に基づく物事に当てはめる結果が導き出すもの

 つまり、論理的思考なんです。「すべての人間はいつか死ぬ」という事実は「人間」であるソクラテスが「いつか死ぬ」という条件に当てはまることから、「ソクラテスはいつか死ぬ」という結論を導き出します。この世の事実にあることを先に述べる前に、論理的に思考します。


帰納法:複数の事実や事例から共通点を導き出し一般論となる結論にたどり着くために方法

 書きながら次々と新しいアイデアを加えていくことができるものです。初めに予想していたことと全く違う結論が生まれることが多々あります。

 経営者はこっちですね。

 前者は、寧ろ、官僚特有の「設計主義」ですね。左翼のイデオロギー主義とも一緒ですね。結論が先にあるから、それに反するものがすべて悪になります。PC(ポリティカルコレクトネス)ですね。別にLGBTが悪いとは言いませんが、それに反する意見が出たらすべて悪だとするのは、言論の封殺です。朝日新聞と毎日新聞がよくやります。

 なるほどね。よくわかりました。

 あっ、イデオロギーと何が正しいかは違いますよ。だって、我が國は、神話以前から歴史が連続した人間社会の國 日本なんですから。

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このページは、宝徳 健が2022年1月29日 12:02に書いたブログ記事です。

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