瀬織津比賣 4(皇紀弐千六百八十一年 令和三年七月十日 參)

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 瀬織津比賣は、封印された女神と言われています。

 うちの家の近くに、天照大神荒魂を祀る 廣田神社があります。そこには、戦前までの由緒があり、こうかかれています。

廣田神社の由緒書

玉祭神の天照大神荒魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命:つきさかきいつのみたまあまさかるむかいつひめのみこと)は瀬織津姫である

 でも、次の説はちょっとすごい。















 あるHPの言葉を紹介します。

瀬織津姫は天照大神の妃であったとする説である。

何が尋常ではないのかというと、言うまでもないが、、、天照大神が男神であったことの証となるからだ。

ホツマツタエによると、

伊邪那岐と伊邪那美には4人の子がおり、長女がワカヒメ、長男がアマテラス、次男がツクヨミ、三男がスサノオ。

長男のアマテラスの妃の一人が瀬織津姫である。

としている。そして、

後にアマテラスが瀬織津姫を正妻として「内宮」に迎え入れたので、瀬織津姫は「向津姫」となる

とも。

ホツマツタヱとは、、、

神代文字の一種「ヲシテ文字」で書かれた古史古伝の一つで、天地開闢から景行天皇までを五七調の長歌体で綴る叙事詩である。

東京神田の古本屋で写本が再発見されたのが昭和41年。そして、その存在は江戸中期までしか遡ることができない。

というわけで、偽書であるとの評価であるが、一方で記紀の原典となった真書であるとする研究者も増えてきている。

(ここから私)
 天照大神男性説は、他にもいくつかあります。でも、ちょっと面白いでしょう?

 神話に世界をこんなに真剣に話せる我が國は素敵ですね。

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このページは、宝徳 健が2021年7月10日 08:01に書いたブログ記事です。

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