超訳 中竹竜二⑤ 期待が無駄に終わる理由④(皇紀弐千六百七十九年 令和元年九月十四日 五)

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 さて、五回目。面白いですね。

期待が「あいまい」だから

 中竹氏は、先日紹介した本の中でこういう事例をだしています(中竹氏が行ったある講演会の事例)

中「(受講者の一人に)あなたは、誰に期待をかけているのですか?」
受「上司や同僚にかけることもありますが、まあ、部下や自分の子供が多いですね」
中竹「具体的に何を期待しているのですか?」

受「いろいろありますが、部下であれが、うちは営業部ですから営業目標を達成してほしいを思っています」
中「じゃあ、成果を期待しているのですね。だとすれば、そのプロセスでは、どんな手段をとっても構わない、というこことでしょうか?」
受「・・・いや、それは・・・。プロセスは大切いしてほしいし、立派な振る舞いを期待していますね」

中「成果かプロセスか態度か。あなたが一番期待しているのはどれでしょう?」


 ほとんどの人が黙ってしまうそうです。

 「営業目標を達成してほしい」。この具体的かつ明確に思える期待ですら実際にはあいまいなままかけられています。


ここに登場した期待の種類

☆成果(数字やスキルの習得など、具体的なゴール)
☆プロセス(その成果にたどり着くまでの手法)
☆態度(荘聖愛にたどり着くための取り組み姿勢)

 成果をと言いながら潜在的に期待しているものが果たせなかったら「期待外れ」となります。その時に「期待外れ」と言われたら、期待をかけられた側のつらさはどれのものであるか。上司と部下の関係、親子の関係はこの時一気に崩壊の道を目指します・・・。

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このページは、宝徳 健が2019年9月14日 14:11に書いたブログ記事です。

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