喧嘩をするなという教え(皇紀弐千六百八十二年 令和四年十月十日 參)

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 これも士魂商才第百十三号(令和四年十月号)の記事です。

 今は、親が子供に「喧嘩はしてはいけません!喧嘩は悪いことです!」と教えます。完全なPC(政治的妥当性:これにさからうことは許さないという少数派を全体主義に導く左翼リベラルの発想)です。なのに左翼リベラルは勝手なことどころか嘘を言って「表現の自由だ!」とのたまいます。閑話休題。昔は、「男が喧嘩の一つもできないでどうするか」と育てられました。私の母などは、喧嘩に敗けて家に帰ってくると「もう一度やってきなさい。勝つまで家に帰ってきては行けません。お母さんは、そんなに弱い子を産んだ覚えはありません」と言われました(きっと心配で仕方がなかったと思いますが)。

 道端でも、しょっちゅう、喧嘩がありました。そこにいる人たちは、その喧嘩の場を取り囲み「いい喧嘩だ!」とか「こんな喧嘩するな」とか、卑怯なことをしたらその喧嘩を止めていました。

 

 今の、世の母親は、「宝徳、何を乱暴な意見を」と思うか知れません。でも、「喧嘩と暴力」を明らかにはき違えています。「ゴクセン」という映画がありました。悪い生徒たちが、ヤンクミに「ヤンクミだって喧嘩しているじゃないか」と言います。ヤンクミが答えます「喧嘩っていうのはなあ、自分の大切な人やモノを護るためにやるもんだんだ。誰かれ構わず傷つけることじゃない」と。


 世のお母さんたちの言っている「喧嘩」とは「暴力」の事なんです。なので、今の男たちは喧嘩の仕方を知りません。今の男たちは、喧嘩は、すぐに「多対一」や「武器を使う」ことをやります。過去はよほどのことがない限り「ステゴロのタイマン」でした。今は、普通に見える人がナイフなどで人を傷つけます(すぐに殺します)。信じられない暴力が世の中にはびこります。任侠以外は、とても平和な社会(暴力がなかった言えばうそになるがそれは特別な人)でした。家には夜でも鍵はかかっていませんでした。

 喧嘩を知らないからです。どうやって大切な人を護るんだろう。喧嘩とは腕力だけではありません。腕力が弱い人にはそれなりのやり方がある。

 

 私は、小学校の時に新聞配達をしました。兄がいなかった私は、どうしてもいじめの対象になります。当時の新聞配達はそれなりの人(笑)がやっていました。少年野球もやりました。やはりそれなりの人がいます。守られるんです。いわば外交政策です。

 

 戦い方も教えないで、どうやってあの野蛮な欧米や支那やロシアから國を護るんだろう?

 

 乱闘がなくなった野球が寂しい。

 

 今は、世の中は女性が男に女を求めます。男女は差別されていけませんが、男女区別はされなければなりません。高校生の男女が同じ教室で着替えるなどというジェンダーフリーは諸悪の根源です。

 

 男が「不都合・不合理・鬱陶しさ・不条理・理不尽」を乗り越えなくなりました。これらを乗り越えないと人間の成長はありません。なので、お陰様の気持ちがなくなってくる。それをPCが否定します。成長しない男が増えました。やんちゃな男が少なくなったなあ。男は女性よりはるかに弱いので、これがないと、男が男でなくなります。女が男に男を求める日本特有の文化婦道がなつかしい。

 技術だけでもダメですし、心だけでもダメ。技術+心でもダメ。心+技術です。最近、「技術だけ」または「技術+心」になっていないだろうか?新型コロナイウィルスパンデミックは新しい世の中の創造を私たちに求めていますが、この「人の在り方」にもそんな「不合理・不都合・鬱陶しさ・不条理・理不尽・お陰様」を求めているのではないだろうか?だって新型コロナイウィルス時代が「不合理・不都合・鬱陶しさ・不条理・理不尽・お陰様」なんだから。

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このページは、宝徳 健が2022年10月10日 17:37に書いたブログ記事です。

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