憲法と憲法典の違い(皇紀弐千六百八十四年(2024年)二月十八日)

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 この憲法と憲法典の違いがわかっている人はほとんどいません。歴史学者においては、わかっているのか、いないのか、知らないふりをしているのか。とにかくこの真理・真実・事実がわかると憲法「典」改正論議が加速するので黙っています。政治家? 小西みたいなお馬鹿さんがたくさんいますに、ほとんどの政治家がわかっていません。官僚? さすがに内閣法制局は分かっているのでしょうが、口に出しません。メディア? まったくわかっていません。主権者國民? まったくわかっていません。勉強不足です。

 本来なら、憲法と憲法典は同義語でなくてはならないのですが、日本だけ、敗戦パラダイムを持っていますからこれがかけ離れている摩訶不思議な國となっています。

 この議論をせずに、改憲論議をしても、公明党が環境権の加憲など、アホなことを言い出しますし、自民党案や産経新聞案なんかもナンセンスですし、朝日や毎日などの左翼メディアは、自分たちに都合が悪いから、口にも出しません。
 今、法学部で宮澤俊義憲法学を習う人たちは、憲法とは、政府を縛るものだということを言い出します。とにかくの宮澤俊義が、東大ということだけを表に出して敗戦後の憲法学を無茶苦茶にしてしまいました。なので、法曹界・官僚・國家公務員上級職試験など、あらゆる方面で憲法を学ぶ人はこの二つの違いがわかっていません。國家試験には、特に、「古事記」を学ばせるようにしないといけません。

 憲法とは、その国の「文明・文化・歴史・慣習など」を言います。

 それを文章化したものが「憲法『典』」です。


 なので、今の日本國憲法「典」は、明らかに憲法違反なのです。

 これが憲法「典」改正のスタートです。

 英国が良いとか悪いとかの議論ではなく、こと憲法や憲政の常道に関しては、一歩抜きん出ています。いぎりすは不文憲法なのです、英国は、血みどろの戦いの中、憲法を確立しました。でも、その時々の國民の考えでこの血みどろの中で作り上げた憲法が歪んでしまう恐れがあります。民主主義とはそれほど怖いものなのです。

 なので、不文憲法にしました。高校時代に英国の憲法は不文憲法と習った私は、それがなぜか不思議でなりません。学校の先生、特に社会科の先生は、それを教えません。自分たちに都合が悪いからです。こういう正しいことを教えないので、私は、中学高校の社会は大嫌いでした。

 今は、不文憲法の意味がよくわかります。

 日本の皇室も、「今の多数は歴史上の少数である」です。

 例えば三千年(もっと続いているが)、続いているとします。各年代で十万人があることに賛成だったとします。歴史上三億人が賛成していることになります。今の、日本國民がいくら賛成してもそれは歴史上少数でしかありません。

 その考えから、日本は支那大陸からたくさんのものを移入しましたが、足、拷問、科挙などの悪しき習慣は絶対に移入しませんでした(科挙だけを明治政府が導入しました。なので、今の日本は官僚支配になっていて本当にあぶない状況です)。漢字は移入しましたが、万葉仮名が作られるまで四百年〜五百年は、使いませんでした。つまり、将来歴史上の少数として日本の人間社会に悪しき風習となるものは入れなかったのです。

日本國憲法「典」の

國民主権:政府を転覆していい権利(フランス革命の焼き直し)
基本的人権の尊重:人を殺していい権利(京都アニメーション、安倍元首相テロ暗殺、幼児虐待など、それらをやっても平気な人間)
平和主義:自分だけ正しければそれでいいと言うわがままな主義(だから拉致被害者が帰って来られない)

 いかに、日本國憲法「典」が今後の我國にとって歴史上の少数になり得るかがわかりますね。

日本國憲法「典」は憲法違反なのです


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このページは、宝徳 健が2024年2月18日 07:00に書いたブログ記事です。

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