超説短編かぐや姫:地球編❻(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)八月二十九日 金曜日)5

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  いよいよ有名な「五人の貴人のかぐや姫へのプロポーズ」が始まります。かぐや姫はどう手綱を捌くのでしょうか。原文は二、三回分載せています。現代語訳は後ろに載せます。

(原文)

人の物ともせぬ所に惑)まと)ひ歩(あり)けども、何(なに)のしるしあるべくも見えず。家の人どもに物をだにいはむとて、いひかくれども、ことともせず。あたりを離れぬ君達(きんだち)、夜を明かし、日を暮らす、多かり。おろかなる人は、「用(よう)なき歩(あり)きは、よしなかりけり」とて来(こ)ずなりにけり。その中に、なほいひけるは、色好みといはるるかぎり五人、思ひやむ時なく、夜昼(よるひる)来(き)たりけり。その名ども、石作(いしつくり)の皇子(みこ)、くらもちの皇子(みこ)、右大臣阿倍御主人(あべのみうし)、大納言大伴御幸(だいなごんおほとものみゆき)、中納言石上磨足(いそのかみのまろたり)、この人々なりけり。人の物ともせぬ所に惑)まと)ひ歩(あり)けども、何(なに)のしるしあるべくも見えず。家の人どもに物をだにいはむとて、いひかくれども、ことともせず。あたりを離れぬ君達(きんだち)、夜を明かし、日を暮らす、多かり。おろかなる人は、「用(よう)なき歩(あり)きは、よしなかりけり」とて来(こ)ずなりにけり。その中に、なほいひけるは、色好みといはるるかぎり五人、思ひやむ時なく、夜昼(よるひる)来(き)たりけり。その名ども、石作(いしつくり)の皇子(みこ)、くらもちの皇子(みこ)、右大臣阿倍御主人(あべのみうし)、大納言大伴御幸(だいなごんおほとものみゆき)、中納言石上麿足(ちゅうなごんいそのかみまろたり)、この人々なりけり)

天「伎天よ、伎天よ」
伎「天帝様、交信できるようにしてくださったのですね。ありがとうございます」
天「ようやく気がついたようだから交信した。だがなあ、気づくこととできるようになることは違うぞ。生活習慣を改善し、そして、天となる己の身は、どんな時にでも、自覚し自律し自立してくことが求められるのだ。世の中にはな、物事がうまくいく登り坂と、苦難の時の下り坂、そして、予期せぬ時の「まさか」があるのだ。そのまさかの時に、普段から鍛えた胆力によって普段通りに気持ちを整えられることが大切なのだ」

伎「天帝様、おっしゃりたいことはわかります。そして、いかに私が愚かだったかと。もし天に帰ることが許される時が来るとしたら、それまでの私は修行です。天から地上を「しらす」として統治するために、何が起きても私には人よりもハイレベルな精神と対応と解決をする力がもとめられます。これが「アウフヘーベン(人よりも高いレベルで人に納得してもらう力)」「慎独(しんどく:一人の時に身を慎める)」「ノーブレスオブリージュ(高貴な人に求められる溢れんばかりの責任感)」なのですね。やっと、理解できました。これをできるレベルに高めます。幸い5人の男たちは、私にプロポーズしてくるでしょう。まず、その時の私の対応をご覧ください」
天「楽しみにしておるぞ。まだ罪は消えたことを忘れてはならないぞ」


(現代語訳)

 普通の人が近づかないような場所まで、惑いながら行ってみるが、かぐや姫を一目でも見ることができない。召使たちに、せめて伝言をと言葉をかけかけたが、召使でさえ相手にしようとしない。家の近くから離れようとしない公達は夜中も日中もそこで過ごす人が多かった。いいかげんな人は、用もなくあちこと歩き回るのは、いいことではない。と言って、来なくなった。その中でも、さらにその場に居続けたのは、五人で、かぐや姫への思いが消えることもなく、夜となく昼となくやってきた。

 その五人は、、石作の皇子、くらもちの皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御幸、中納言石上磨足の五人だった。世の中のありふれた人でも、すこしでも器量良しと聞けば、見たがる人たちだったので、かぐや姫を見たがって、食事もせず、思いを募らせながら、かぐや姫の家に行って、たたずんだり、歩き回ったりしたが、効果はなくかぐや姫を見ることはできなかった。(そこで五人は)それぞれに手紙を書いて送るが返事ももらえない。わびしい(恋の)歌を書いてみるが、甲斐は無いと思いながらも、十一月、十二月の(雪)が降り、(水が)凍り、六月の日が照り付け(雷鳴の)とどろく時にも(この五人の男たちは)それに妨げられることなくやって来た。この五人はやってきては、竹とりの爺さんを呼び出して、「娘を自分にもらえないか」と、伏し拝み、手をすり合わせて懇願するが、爺さんは「自分の産んだ子ではないので思い通りにはらないのです」と言ってそのまま月日が経っていく。そういうわけで、この人たちは家に帰り、物思いにふけり、祈りをし、願掛けをして姫への思いを断ち切ろうとするが断つことはできない。「そうはいっても、最後まで男に会わせないということはないだろう」と、思って期待していた。そして、一方的に、姫に対する切なる心を見せつけるようにして歩き回る。こういう状況を見て、爺さんがかぐや姫に言うことには、「私の大切な人よ、変化の人とは言いながら、こんなに大きくなるまで育てた志を理解してほしい。じいの言うことを聞いておくれ」と言うと、かぐや姫は「何をおっしゃるのですか、おっしゃることはなんでもお聞きしますよ。変化の者であるとおっしゃる身のほどをも知らず、親とばかり思い申し上げておりますのに」と言う。じいさんは「嬉しいことを言ってくれるのですね」と喜ぶ。

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このページは、宝徳 健が2025年8月29日 03:13に書いたブログ記事です。

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