いまは昔、竹取の翁といふもの有けり。 野山にまじりて竹を取りつゝ、よろづの事に使ひけり。 名をば、さかきの造(みやつこ)となむいひける。 その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。 あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。 それを見れば、三寸ばかりなる人いとうつくしうてゐたり。 翁いふやう、「我あさごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。 子となり給べき人なめり」とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。 妻(め)の女にあづけて養はす。 うつくしき事かぎりなし。 いとをさなければ籠(こ)に入れて養(やしな)ふ。
月編なんですよね〜。まず、名前をどうつけるかに悩みました。月に代わってお仕置きよでもないしなあ。どげんしよう。 そうだ! 奈良の秋篠宮寺にいる伎芸天立像(ぎていてんりゅうぞう)にちなんで、伎芸天立像(帝釈天も天の神がみんな惚れた女性)はどうやろかい。伎芸天立像は日本に(というか世界に?)奈良の秋篠宮寺にしかおらんとよ。 |
超説短編かぐや姫:月編❶(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)八月二十三日 土曜日)6
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竹取物語の原文です。これはなんとなくご存知ですよね?
天帝(以下、天)「おい、伎よ。なにをそんなに不貞腐れているのか」
伎芸(以下、伎)「天様、ここは面白くないです。何もいとをかしいことがありません。あの向こうに見える光り輝いている星はなんていうのですか?あそこに行って、私も光り輝きたいなあ。なんだか面白そう。ねえねえ天様、歴史ってなに?和歌って何?恋って何?喧嘩って何?友達って何?蹴鞠って何?ねえねえ」
天「伎よ。人間にはなあ、欲があるんだ。人間はなあ「たい」の病気にするかかるんだ。「あれをしたい」「これをしたい」ってな。そんな人間にお前はなりたいのか? もしお前が地球に行ったなら、彼らからしたらお前は「かぐや」の存在になるだろう。かぐやとは『ひかりかがやく』存在という意味なのだ。そうすればお前はそれに溺れてしまって自分自身をダメにしてしまう。私はお前をそんな存在になってもらいたくないのだ。お前は私の後を継いで、天になる存在なのだ。」
技「ありがとうごさいます、天様。でも、こんなに生きていてこんなに苦しいのに、何も経験しないのに、私は民のためになれるのでしょうか?自分より民のことを好きになる「しらすの心」を身につけられるのでしょうか?下々の生活も知らない私が」
天「その生活を送るのがお前の使命なのだ。無理強いはしない。だけど、やってはならないことだけは理解してくれ」
伎「わかりました・・・」
その夜、技芸は、こっそり家を抜け出ました。そして地球に降りたのです。成層圏をうまく抜け出るために体を小さくして。そして、気がついたら、地球の小さな木の節と節の間に自分はいたのでした。
天「伎はついに行ったか。彼女がきちんと地球の誘惑に勝てたらもう一度天に迎えてやろう。そうでないなら可哀想だが天からは永久追放だ。地球の欲にまみれた生活はそんなに甘いものではない。可愛い彼女がそうなるのは可哀想だが」つづく。
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