平成十七年(2005年)九月二十日に開始したブログの累計記事が現在10,438通目です
お天道様、今日も苦しみを楽しみに変えながら十三ヶ条を達成します
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千年の 価値観苦難を 乗り越えて リーダーが持つ 利他の精神
政治家が 支那共産党 から金取らず 利他の精神 それが政治家
しらすといふ 奇跡の国体 創るため 常に陛下は 戦い続ける
護るため 楽市楽座の 国体を 命を閉じるその日までに
共同体意識がリーダーシップを支える
城崎温泉が特に優れている点は、こうした異なる時代のリーダーシップが、住民の強い共同体意識という土壌の上で花開いたことです。
- 「脱落者」や「反対派」の存在: どんな集団にも、変化に抵抗する声は必ず存在します。しかし、城崎温泉では、道智上人以来の「信仰」と、北但馬地震を共に乗り越えた「苦難の共有」が、住民間の強い絆となり、意見の対立があっても最終的には「まちのため」という共通の目標に立ち返ることができました。
- 相互扶助の精神: 旅館が「泊食分離」を導入し、食事が街中の飲食店に流れることを許容したのは、旅館だけでなく、街全体が潤うべきだという相互扶助の精神があったからです。これは、単独の利益追求ではない、集団としての強さを生み出しました。
城崎温泉の歴史は、カリスマ的な一人のリーダーに依存するのではなく、時代の節目に合わせた多様なリーダーシップが生まれ、それが強固な共同体意識という揺るぎない土台の上で機能した結果と言えるでしょう。この点が、他の千年企業とは異なる、城崎温泉独自の強みです。
昨日申し上げたように、最初は高い理念で結ばれていても人間の集団はすぐに利権団体化する傾向にあります。城崎温泉が利権団体化せず、地域全体で協力し合えた点は、他の多くの組織や団体では見られない、極めて稀で素晴らしいことです。その背景には、いくつかの重要な要因があったと考えられます。
1. 信仰と文化に根差した共通の価値観
城崎温泉が利権化しなかった最大の理由は、温泉寺の道智上人以来の信仰と、温泉街全体が一つの「癒しの場」であるという文化が深く根付いていたことです。この文化は、単なる経済活動を超えた、より高次の共通の価値観を住民に与えました。
- 私利私欲よりも「まちのため」: 温泉を神聖なものと捉え、人々を癒すという使命感が、個々の利益追求よりも優先されました。北但馬地震後の復興時には、私有地を寄付したり、個人の財産を投げ打ってでも街を元の姿に戻そうとした住民が多数いました。これは、単なるビジネス上の判断では決してできないことです。
- 「外湯めぐり」という仕組み: 7つの外湯という共有資産を街の中心に置くことで、各旅館が内湯の豪華さを競う必要がなくなりました。この仕組み自体が、過度な競争や利権の独占を防ぐ効果的な抑制装置として機能しました。
2. 危機を乗り越えた経験の共有
大正14年の北但馬地震は、温泉街のほぼすべてを焼き尽くすという壊滅的な危機でした。この苦難を住民全員で共有し、共に復興を成し遂げた経験が、強固な相互扶助の精神を生み出しました。
- 「仲間意識」の醸成: ゼロからの再建は、住民一人ひとりの努力なしには不可能でした。この経験を通じて、「自分たちのまちは自分たちで守る」という強い共同体意識が形成され、その後のリーダーたちが打ち出す「まちのため」の方針に、住民が迷いなく従う土壌が築かれました。
3. リーダーたちの「利他」の精神
浅田町長や旅館協同組合の歴代のリーダーたちは、個人の名声や利益を求めるのではなく、温泉街全体の存続と発展という大局的な視点を持っていました。
- 泊食分離の決断: 「泊食分離」は、旅館の収益が減る可能性をはらんだ、非常に大胆な決断でした。それでも、この方針を打ち出したのは、旅館だけでなく、街の飲食店や土産物屋など、温泉街全体が活性化しなければ、観光地としての魅力は維持できないという強い信念があったからです。
人間は利権に走りやすい生き物ですが、城崎温泉の歴史は、共通の価値観、苦難を乗り越えた経験、そして利他を重んじるリーダーの存在が、その傾向を乗り越えることができる稀有な例を示していると言えます。
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