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 本当は昨日の続きの第九段が「東下り」なんですが、もう最初に書いたので、今日は、第十段の「たのむの雁」です。まずは原文から。
むかし、男、武蔵の国までまどひ歩きけり。さてその国にある女をよばひけり。父はこと人にあはせむといひけるを、母なむあてなる人に心つけたりける。父はなほ人(びと)にて、母なむ藤原なりける。さてなむあてなる人にと思ひける。このむこがねによみておこせたりける。すむ所なむ入間の郡(こほり)、みよしのの里なりける。
みよしのの たのむの雁も ひたぶるに 君が方にぞ よると鳴くなる
むこがね、返し、
わが方に よると鳴くなる みよしのの たのむの雁を いつか忘れむ
 
                                    
                                        (宝徳超訳)
 でた、業平のプレイボーイが。おい、業平!高子はどうなってんねん🤭。それにしても世の母は、どの時代も同じですね。きっとお母さんは、「私は藤原の血筋よ」と思っているのでしょう。
 私はこの返歌ができません。これができたらいいなあ。想いが通じ合いますよね。前にも書きましたが、一番最初に覚えた和歌が、
あかねさす 紫野(むらさきの)行き 標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずや 君が袖振る
(茜色に染まる紫の野原を、他人の立ち入りが禁じられた「標野」で、あなたが私に激しく袖を振る様子が、その番人(野守)に見つかってしまいますよ)
です。額田王(ぬかたのおおきみ)が詠んだ歌です。それに大海人皇子(のちの天武天皇、天智天皇の弟)が返します。
紫草(むらさき)のにほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 我(われ)恋ひめやも
(紫草のように美しい(あなたを)憎むようなことがあろうか、いや、憎むはずがない。人妻だからといって、あなたを恋しく思わないだろうか、いや、恋しく思うのだ。)
 二人はかつて恋人同士だったのですが、当時絶大な権力を持っていた天智天皇にその仲を引き裂かれます。額田王は、天智天皇の奥様になってしまったのです。
 天智天皇七年(668年)五月五日近江の蒲生野での薬狩り(薬草を採る狩)の後の宴の時の歌です。後に天智天皇亡き後、天智天皇の息子大友皇子と天武天皇(当時大海人皇子)は壬申の乱で争い、大海人皇子が勝利します。
 天智天皇は、死ぬ間際に、大海人皇子を枕元に呼び、「皇位を引き継いでくれ」と言います。大海人皇子はそれを断ります。天智天皇は大海人皇子が受けたら殺そうとしていたのです。それに気づいていた大海人皇子は断った後に吉野に逃げます。大友皇子に嫁いでいた十市皇女(とおちのひめみこ)は、なんと大海人皇子と額田王の娘だったのです。
 悲しい悲しい物語であり、日本最古の三角関係です。
 「しらす」という国体はあったものの、まだ、統治には権力闘争がありました。こののち、皇室は、一切の権力を放棄して「権威だけ」を持つ真の「しらす」を確立しました。まだまだ先の話ですが。
 この二つの歌を覚えたとき、ああ、いつか僕も返歌ができるようになりたいなあ。と思いました。でもまだできていません。いいや。命を閉じるまで、あと40年以上あるし。
(現代語訳)https://ise.kaisetsuvoice.com/010.htmlより
 昔、男が武蔵の国までさまよい歩いた。そして、その国のある女に求婚した。女の父は他の人と娘を結婚させようと言うのを、母は娘を高貴な身分の男にと志した。父は並みの家柄で、母は藤原氏だったのだ。それで母はわが娘を高貴な男性にと思っていたのだった。母はこの花婿候補に歌を詠んで送った。すむ所は入間の郡、三芳野の里(現埼玉県入間郡)であった。
三芳野の田の表面に降り立っている雁も、ひたすらに引板(ひた)を鳴らすと一方に寄って鳴くのです。そんなふうに、私の娘もあなた様になびきましょう。
花婿候補はこう返した。
私の方を頼みに心を寄せてくれているという三芳野の貴女の娘さんを、いつ忘れましょう。忘れたりしません。
と送った。
 
                                 
                                
                            
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