平成十七年(2005年)九月二十日に開始したブログの累計記事が現在10,602通目です
 
お天道様、今日も苦しみを楽しみに変えながら十三ヶ条を達成します
日中に精神が弛緩したらもう一度「般若心経」「教育勅語」「大祓詞」を読みます
仕事時間が少し空いた時のために10分間でできる仕事をいくつか設定しておく
108歳の誕生まであと14,947日:絶対にこの日まで健康で命を閉じない!
 
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 むかし、男、陸奥(みち)の国にすずろにゆきいたりにけり。そこなる女、京の人はめづらかにやおぼえけむ、せちに思へる心なむありける。さてかの女、
なかなかに 恋に死なずは 桑子(くはこ)にぞ なるべかりける 玉の緒ばかり
歌さへぞひなびたりける。さすがにあはれとや思ひけむ、いきて寝にけり。夜ぶかくいでにければ、女、
夜も明けば きつにはめなで くたかけの まだきに鳴きて せなをやりつる
といへるに、男、京へなむまかるとて、
栗原の あねはの松の 人ならば みやこのつとに いざといはましを
といへりければ、よろこぼひて、[思ひけらし」とぞいひをりける。
 昔、男が奥州へ何となく心惹かれて旅していった。現地の女が、京の男をめずらしいものに思ったのだろう、たいそう男に心よせて歌を書き送った。
なまじあなたを恋して死んでしまうくらいなら、蚕になるんだった。短い一生の間だけでも、あなたと仲睦まじくしていられるんですから。
歌までも田舎ぽいことであった。そうはいっても男はやはり心打たれたのだろう、女のもとに行って、一晩を共にした。まだ夜が深いうちに男は出発したので、女は、
夜が明けたら水槽にあの鶏の奴を投げ入れてやろう。まだ夜も明けない早い時間に鳴いて私の夫を帰してしまったのだから。
と歌を詠んだところ、男は京へ帰るということで、
栗原の姉歯の松のように、いっぱしの女ならば、都への土産に「さあ」と言ってお持ちかえりするんだがね(だけどお前はそれほどの女じゃないね)。
と詠んだところ、女は田舎者とバカにしている歌の意味を理解できず、喜んで、「私のことを思っていたのだ」と言っていたのだった。
 
 
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