超説短編かぐや姫:地球編❿(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)九月二日 火曜日)6

| コメント(0) | トラックバック(0)

平成十七年(2005年)九月二十日に開始したブログの累計記事が現在10,471通目です

 

お天道様、今日も苦しみを楽しみに変えながら十三ヶ条を達成します

日中に精神が弛緩したらもう一度「般若心経」「教育勅語」「大祓詞」を読みます

仕事時間が少し空いた時のために10分間でできる仕事をいくつか設定しておく

108歳の誕生まであと19,472日

 

https://batonz.jp/partner_adviser/keieisenryakushitsu/

こちらもよかったらご覧ください。

ひとつ前の弊社ドメイン(事業領域)のリスクマネジメントです。

キャッシュフローマネジメントはリスクマネジメントのひとつです。


 超説なので、あとの三人は端折ります。お爺さんが「こんな我が国にないものばかりでは無理だ」と言いました。五人の貴公子が失敗に終わったあとも、かぐや姫には多くの人が求婚にきました。かぐや姫は全く相手にしませんでした。もう天に帰ることと地球で修行をすることが決まったので。この話は時の帝の耳に届きました。帝は姫に会いたいと家来を遣わします。伎天は「私は京都に行く気はありません」と突っぱねます。

 でも、さすが帝です。腹を立てるのではなく「なんて面白い姫なんだ」とますます。興味を抱きます。

この部分の原文はこれです

さて、かぐや姫のかたちの世に似(に)ずめでたきことを、帝(みかど)聞(きこ)しめして、内侍中臣(ないしなかとみ)のふさ子にのたまふ、「多くの人の身をいたづらになしてあはざなるかぐや姫は、いかばかりの女ぞと、まかりて、見て参れ」とのたまふ。ふさ子、うけたまはりて、まかれり。

たけとりの家に、かしこまりて請(しょう)じ入(い)れてあへり。媼(おうな)に、内侍ののたまふ、「仰せごとに、かぐや姫のかたち、優(いう)におはすなり。よく見て参るべきよし、のたまはせつるになむ、参りつる」といへば、「さらば、かく申しはべらむ」といひて、入りぬ。

かぐや姫に、「はや、かの御使(おほんつかひ)に対面(たいめん)したまへ」といへば、かぐや姫、「よきかたちにもあらず、いかでか見ゆべき」といへば、「うたてものたまふかな。帝の御使をば、いかでかおろそかにせむ」といへば、かぐや姫の答ふるやう、「帝の召してのたまはむこと、かしこしとも思わず」といひて、さらに見ゆべきもあらず。うめる子のやうにあれど、いと心はづかしげに、おろそかなるやうにいひければ、心のままにもえ責めず。

媼、内侍のもとに帰りいでて、「口惜(くちを)しく、この幼き者は、こはくはべる者にて、対面すまじき」と申す。

伎「会うわけには行かないわ。今は、なので、私は帝にお会いすることはできない。でも、これは最後の修行。この方は他のかたとはちがうわ。他の方のように私を欺くのではなく、素直に接していただける。まるで天帝みたい。あっ、このかたを地上で庶民が呼んでいる名前は「天子様」。つまり天帝の子ね。天子様は天帝の生き方を真似て庶民に慕われていらっしゃる。そか、この方の生き様を私にしろというのですね天帝様。その生き様を私が習得したら私の修行は終わりで私の罪は消えるというのですね。お返事はご無用に願います。わかりました。私は天子様にお会いしたら結婚を受け入れ地上で生きていくこととなります。だって、天子様は天帝と同じですもの。私は天に帰れなくなります。でも、はっきりしました。私の使命は、天に帰り天帝をなること。そして乱れている天を救うこと。なので、天子様とはお会いできない。それが私の最後の修行。自分の身を慎まなくては」

(現代語訳)

このような事件によって、かぐや姫の容貌の世に比べようがなくすばらしいことを、帝がお聞き遊ばして、内侍中臣のふさ子におっしゃるには、「多くの人の身を滅ぼして、結婚をしないかぐや姫は、いったいどれほどの女か、出かけて、見てこい」とおっしゃる。ふさ子は承って退出した。

たけとりの翁の家では、恐縮して、招き入れて、お会いする。ばあさんに、内侍がおっしゃる。「帝が仰せられることには、『かぐや姫の容姿がとてもすばらしいとのこと。よく見て参るように』という趣旨のことをおっしゃられましたので参りました」と言うと、ばあさんは、「それでは、姫にそう申しましょう」と言って、姫のいる所へ入った。

かぐや姫に向かって婆さんが、「早く、あの御使者の方に対面しなさい」と言うと、かぐや姫が、「私は、すぐれた容貌などではございません。どうして、勅使に見ていただけましょうか」と言うので、婆さんは、「困ったことを言うのね、帝の御使いをどうしておろそかにできましょうか」と言うと、かぐや姫が答えるには、帝が召すようにおっしゃることは、恐れ多いとも思いません」と言って、いっこうに内侍に会いそうにもない。婆さんも、日ごろは自分の産んだ子供のようにしているが、この時ばかりは、こちらが気兼ねさせられるぐらいにそっけないようすで言うものだから、自分の思いのままに強制もしかねぬ。

ばあさんは、内侍のところへ戻って来て、「悔しいことですが、この小さい娘は、強情者でございまして、お会いしそうにもございません」と申しあげる。

内侍は、「かならずお会いして来いとのご命令がありましたのに、お会いできぬままでは、どうして帰参いたせましょうか。国王のご命令を、この世に住んでいられる人が、どうして、お受け申しあげなさらないでいられましょうか。筋の立たぬことをなさってはいけません」と、相手が恥ずかしくなるほど威厳ある態度で言ったので、これを聞いてなおさら、かぐや姫は承知するはずもない。「私が、国王の命にそむいたのであれば、はやく殺してくださいよ」と言う。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/10394

コメントする

カテゴリ

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2025年9月 3日 03:21に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「今日の暦注(皇紀 弐千六百八十五年 令和七年(2025 年)九月三日 火曜日)4」です。

次のブログ記事は「新ドメイン(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)九月四日 木曜日)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。