スポーツ界三つのニュース(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)八月十日

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平成十七年(2005年)九月二十日に開始したブログの累計記事が、現在10,356通目です。

お天道様、今日も十二ヶ条を苦しみながら達成します

  昭和四十三年(1968年)にメキシコオリンピックが行われました。日本はこの大会で金11・銀7・銅7の計25個のメダルを獲得し、国別順位で第3位という快挙を達成しました。私は10歳です。小学校五年生。「日本はすごい国だなあ」って、ワクワクしながらTVを観ていました。当時は体操日本です。バンバンメダルを取っていました。レスリングも重量挙げの三宅も金メダル。マラソンでは君原が銀メダル。当時、福岡遠賀郡芦屋町に住んでいた私は、遊びに北九州方面によく行っていました。そこで君原選手が走っているのによく出逢いました。

 そして、サッカー! 当時は日本はサッカーが弱いと世界で言われていたのであまり気にしていませんでしたし、ルールも知りませんでした。すると父が、サッカーが始まる時に私を自分の横に呼びました。「いいか、たけし。今からサッカーがはじまる。ふたりの選手に注目しろ。釜本選手と杉山選手だ。杉山選手は三菱重工所属だ。釜本選手がヤンマーだ(確かそうだった)。杉山選手はウィングと言ってサイドから駆け上がるんだ。駆け上がったところからセンターリングを上げるんだ、それを釜本選手がゴールをするんだ。見てろ!」

と、興奮気味に言いました。観ていたらいたら杉山選手が速いんです。釜本選手のシュートの凄いこと。私は、一気に、サッカーファンになりました。

 次の日、学校に行くと、みんなサッカーファンです😆。しかたがないですよね。当時のプロパガンダはマスコミ支配。世界の映像なんて普段はほどんど観ません。だから、オリンピックで勝つ予約した種目はすぐに子供達がやりはじめます。

 釜本さんが、お亡くなりになりました。享年八十一歳。お疲れ様でした。ご冥福をお祈りいたします。私たちに夢をくれて感謝します。

 伊藤あおい選手。この子すごい。
 21歳の女の子です。2大会連続テニスのTA1000で本線入りです。大活躍です。世界ランキングは110位。なんだ110位かと思われるかもしれませんが、大阪なおみに続く2位です。ここまで行くとテニスだけ飯を食っていけます。スポンサーもつくのでかなりの収入になります。

 それより彼女のテニス😆。彼女曰く「私のはへにょへにょテニスです」。フォアのスライスを多用して強打は全くうちませせん。こういうタイプの人間と、世界のトップレベルのプレイヤーは戦ったことがないから翻弄されて勝つことができない。あおいちゃんに上位にいってほしいなあ。全米オープン(世界最高峰のグランドスラム)が楽しみですね。女子は有望な選手が続々出てきています。みんな、応援しているからね。

 さて、最後は・・・。昔、鹿児島実業野球部出身の後輩と仕事もし飲みにいったりもしていました。かれは一年の時からレギュラーです。甲子園にも出ています。ライトです。守備に着いた時に、ウグイス嬢が「鹿児島実業のメンバーを発表します。ライト◯◯君」と紹介されました。甲子園の観衆は大拍手です。感動で震えたそうです。

 でも、一年の頃から活躍したので、ポジションを奪われる先輩たちの妬みがすごかったそうです。「おい、明日の練習試合はヒットを打つなよ」と言われるそうです。でも、彼もスポーツマン。ヒットを打ちました。すると寮で部屋を真っ暗にされて机や椅子でめったうちにされたそうです。彼は優しくおとなしい人間なので仕返しなんかしませんが、私だったらその夜に一人ずつ寝ているところをおそうか何かしているでしょう。バレないように。宇佐美の親父さんは、体が小さかったから中学生の時にずいぶんいじめにあったそうです。親父さんはその夜、斧を持って一人一人の家の玄関を叩き割りにいったそうです。二度と不良たちは親父さんに手を出さなくなりました。

 また、その鹿児島実業の後輩は、「おい、マクドナルドを買ってこい」と言われるそうです。「はい、お金をください」というと「お前が出せ」と。そして買ってくると自分では金を出していないのに「釣りを出せ」と言われるそうです。
 
 それでも九州男児や。情けのなか〜。もし、私が高校生の時に、野球部の奴らが後輩にそんなことをしたら、何をしたかわかりません。最も、硬派の我が校の奴らは絶対にそんなことはしませんが。

 でも、いじめはなくらなないんです。「いじめをなくそう」というのは悲しいかな通用しない言葉です。それならどうするか。徹底的に戦うか。徹底的に逃げるかです。戦うのは武力ではなくて外交力や政治力も駆使します。逃げるのはただ逃げるのではなく、そんな学校にはいかなければいい。だいたい今の学校は勉強や学校を嫌いにする教育をするところです。もし、私の息子が当時そんな目に遭っていたら、神さんと三人で旅行をして暮らしました。その土地土地の歴史とかを教えながら。

 広陵高校が甲子園一回戦を勝ちました。相手の高校のメンバーは広陵高校のないんと握手をしなかったといいます。二回戦、広陵高校は棄権しました。広陵高校にはろくな大人がいませんね。こういう大人たちが子供をしらけさせます。支那共産党から金をもらって片棒を担いでいる石破・森山・岩屋・なんだっけあの総務大臣や、財務省や橋下や・・・。

何のために 誰のために 戦うか その信念が 戦う目的

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このページは、宝徳 健が2025年8月10日 15:59に書いたブログ記事です。

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