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むかし、男初冠して、奈良の京春日の里に、しるよしして、狩りに往にけり。 その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男かいまみてけり。 思ほえず、ふる里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。 男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。 その男、信夫摺の狩衣をなむ着たりける。
春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れ かぎりしられず
となむ おひつきて言ひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。
陸奥のしのぶもぢ 摺り誰ゆゑに乱れそめにし 我ならなくに
といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやき みやびをなむしける。となむ おひつきて言ひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。
時は平安京遷都まもない頃。旧都奈良には、まだ都であった頃のはなやかな面影が、そこかしこに残っています。そこへ、元服を終えたばかりの若き貴公子が狩衣をまとって、たずねていき、美しい姉妹を見初めて、歌を贈ります。若々しく、清涼感にあふれ、伊勢物語全体の幕開けとしてふさわしい段です。
春日の里には現在も鹿が多く歩いていますが、ひょっとしたら業平の横にも、鹿の姿があったかもしれませんね。
作中で引用されているのは河原左大臣源融(822-895)の歌です。源融は京都六条河原のそばに広大な館を築いて風流の限りを尽くしたので河原左大臣といわれます。業平とならび、光源氏のモデルの一人と言われます。
ちなみに源氏物語といえば、主人公光の君が紫の上と出会う場面は、この『伊勢物語』第一段を念頭に置いているようです。垣根の向うから、幼い少女を見初める、有名な場面です。
春日野の 若紫のすりごろも しのぶの乱れ かぎりしられず
昔、ある男がいた。元服の儀式として初冠をすませて、奈良の都、春日の里の領有する土地の縁があって、狩をしに行った。その里にとても美しく色香漂う姉妹が住んでいた。男はその姉妹を垣根越しに覗き見た。すると想像していたよりもはるかに美しい姉妹だった。古い都には似つかわしくないほど美しかったので、男は気持ちをかき乱されてしまった。男は着ている狩衣の裾を切って、それに歌を書いて姉妹に送った。男はちょうど、しのぶ摺りの乱れ模様の狩衣を着ていた。
春日野の若紫の摺り衣の、その乱れた模様のように、私はあなた方のためにこんなにも心乱されてしまいました。
男はすかさず、この歌を贈った。(または、「大人びた態度で歌を贈った」)この、歌を贈るなりゆきが男は時機にかなって、趣深いとでも思ったのだろう。
「陸奥のしのぶもぢ 摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」という河原左大臣源融の歌の情緒である。
陸奥のしのぶ摺りの乱れ模様のように、こんなにも心乱されたのは誰のせいでしょうか。それは私自身のせいじゃない。まさにあなたのために、心乱されたんです。
昔の人はこんなふうに、情熱にまかせて風流なことをしたものだ。
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