昔、男ありけり:紫(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)十一月十六日 日曜日)3

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    お天道様、今日もまた苦しみながら十三ヶ条を達成します

第九条/第十三条)期待力の原則:共感力の原則:私の触媒としての存在がみなさんの共感力となります。

新たなスタートへの起点力になることを誓います。

日中に精神が弛緩したらもう一度「般若心経」「教育勅語」「大祓詞」を読みます

仕事時間が少し空いた時のために10分間でできる仕事をいくつか設定しておく

眠くなったらストレッチ体操を5分やる

108歳の誕生日まであと14,899日:絶対にこの日まで健康で命を閉じない! 


海軍五省(2/5):言動に恥づるなかりしか

(誠実さや真心、人の道に背くことはなかったか)

英語版(5/5):The Five Reflections:Have you not been lacking in sincerity?

経営コンサルタントは成長の触媒であり習慣の鏡である

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キャッシュフローマネジメントはリスクマネジメントの一つです。


千年の 物語との 交はりは 一足飛びに 時空を超へて 


<服務の宣誓(自衛隊)>

 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法および法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを誓います。

<この先一週間のブログ予定>お好きな記事をお読みくださいね。⭕️今日書いた記事

16日(日):「暦注⭕️」「修行じじい「伊勢物語⭕️」

17日(月):「暦注」「修行じじい「ドメイン」

18日(火):「暦注」「修行じじい「伊勢物語」

19日(木):「暦注」「修行じじいIT-BCPDX

20日(水):「暦注」「修行じじい」「伊勢物語」
21日(金):「暦注」「修行じじい「大東亜戦争」
22日(土):「暦注」「修行じじいIT-BCPDX

 世界最古の歌物語「伊勢物語」は、第四十一段に入りました。まずは、原文です。

 むかし、女はらから二人ありけり。一人はいやしき男のまづしき、一人はあてなる男もたりけり。いやしき男もたる、十二月(しはす)のつごもりに、うへのきぬを洗ひて、手づから張りけり。心ざしはいたしけれど、さるいやしきわざも習はざりければ、うへのきぬの肩を張り破りてけり。せむ方もなくて、ただ泣きに泣きけり。これをかのあてなる男聞きて、いと心ぐるしかりければ、いと清らなる緑衫(ろうそう)のうへのきぬを見いでてやるとて、

むらさきの 色こき時は めもはるに 野なる草木ぞ わかれざりける

武蔵野の心なるべし。

(宝徳超訳)

 業平は、口説き方が上手ですね。

 結婚相手によって、まるで運命が変わってしまうという現実をもとにした話です。この頃はかなり、階級が固定化していましたから、そうなのでしょうね。実の姉妹がいて一人は高貴な男に、一人は身分いやしき男に嫁ぎました。身分いやしきに嫁いだほうは、家がとても貧乏です。貧しい方に嫁いだ娘は、旦那さんの上着を水で洗っていたそうです。貴族の家庭だったら召使を雇いますが。でも、女は馴れない洗濯ですから、ビリと破ってしまいます。ああ...どうしよう。これしか無いのに。途方に暮れます。

 それを、もう一人の姉妹が嫁いだ高貴な男がききつけて、六位の官人の着る緑の袍を包んで、歌をそえて贈ってきました。

 紫草の色が濃い時は、目が届くはるか彼方まで緑が広がっているので、野にある草木はどれも見分けがつきません。

「紫」は「ゆかり」とも読め、「ゆかり」は「縁故」につながります。私はあなたの姉妹と結婚したので、私の妻の姉妹であるあなたも、他人ではないのですよ。ゆかりのある者なんです。一緒に、大切にしますという歌です。

 最後に「武蔵野の心なるべし」とあるのは、

紫の ひともとゆゑに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞ見る

 つまり、愛すべき紫草一本のために、武蔵野の草をすべて愛しく見る。この歌の心に通じる話である、といっているわけです。

(現代語訳)

 昔、二人の姉妹があった。一人は賎しい貧しい男のもとに嫁に行った。一人は高貴な男のもとに嫁に行った。賎しい男のもとに嫁いだほうが、十二月の末日ごろ、上着を洗って、自らの手で張っていた。心をこめて仕事をしていたが、そのような賎しい仕事には慣れていなかったので、上着の肩を張り破ってしまった。どうしようもなくて、ただ泣きに泣いた。これをかの高貴な男が聞いて、たいへん可哀想に思ったので、とても綺麗な緑色の上着を見つけて贈る際に歌を添えた。

春に紫草の根が色濃くなっている頃には、その根につながる野の草木は、はるか向うまで眺められ、緑一色で見分けがつかないほどです。そのように、私の妻につながる貴方を、私は他人とは思わないのです。

「紫のひともとゆゑに...」と詠んだ歌の心である。


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このページは、宝徳 健が2025年11月16日 01:22に書いたブログ記事です。

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