お天道様、今日も苦しみながら十二箇条を達成します
「慶雲館」でしたね。私何をやっているんだろう。勘違いは怖い。お詫びの上訂正させていただきます😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭
どうもブログの調子がおかしいです。ブログを書く時には、前置きが長くならないよう(いつも私は長いですが笑)、「本文」と「続き」と言うのがあります。まず、本文を書いて、そしてその続きを「続き」に書いていくようになっています。
ところが本文を終わって、「続き」からそれこそ続きを書いたら、本文のところに大きな間がでたり、続きのところに大きな間が出たりします。つまり、「本文」「続き」の間に大きな間が生じてしまうんです。だから、最近、「本文」に全部書くようにしているんです。
千年企業の記事を書きながらたかだた二十年に四苦八苦。このブログもう、保守が終わっているんですよね〜。乗り換えてくれと言ってくるんです。「
って、でも、20年一万通あるからいくら取られることやら。無料の引越しサービスなんか1万通もやってくれるのかなあ笑。嫌だなあ。壊れたら。もう15年ぐらい前になりますが、このブログは一度壊れて膨大な記事の修復が必要になりました。それがまだ終わっていません。一回聞いてみるか。やっぱりダメだ。このブログシステムが壊れたら、私の人生そのものを否定しているような気がします、
さて、慶雲館の続きです。一回「続き」から書いてみます。
経営危機と事業継承
慶雲館の歴史は順風満帆であったわけではありません。2018年には、慶雲館の元運営会社である株式会社湯島(旧:株式会社西山温泉慶雲館)が、消費低迷や価格競争、過去の投資負担による赤字を理由に解散を決議しました 。
しかし、旅館事業は2017年6月に新設された株式会社西山温泉慶雲館に譲渡され、その歴史は途切れることなく継続されています 。
第53代目の当主である川野健治郎社長は、「先代の意向を引き継ぎ、次の継承まで歴史を守っていきたい」と語り、その強い意志を示しています 。
長期的な家族経営は、組織のアイデンティティと価値観を維持するための強力なメカニズムとして機能します。
経営危機時の事業譲渡は、表面上は断絶に見えるかもしれませんが、実質的には「慶雲館」というブランドと事業の存続を最優先した戦略的判断であり、歴史の継続性を重視する日本企業の特性を示しています。
当主の「歴史を守っていきたい」という言葉は、個人的な経営責任を超え、文化遺産としての宿を未来に繋ぐという強い使命感を表しています。
慶雲館の継承は、単なるビジネスの引き継ぎではなく、1300年の歴史という「重み」を背負う精神的な試練を伴うものです。これは、当主個人の力量だけでなく、先代からの教えや従業員、地域社会といった多層的な「引き立て」によって支えられる構造が観察されます 。
この「歴史の重み」が、当主の個人的な成長と「運鈍根」の精神を育み、結果として企業のレジリエンス(回復力)を高めるという、相互作用的な関係性が認められます。
建物の変遷
慶雲館の建物は、過去に3度も川に流される被害に遭っており、現在の建物は1983年に建てられたものです 。その後、1997年には52代当主により、鉄筋造りながら多種の木材をふんだんに使った近代純和風建築の4階建てにリニューアルされ、現在の姿となりました 。これは、自然の猛威に晒されながらも、その都度再建し、現代のニーズに合わせて進化してきた適応力を物語っています。
たった数百年しか歴史がない欧米の経営学では、我が日本に一千年を誇る企業がこんなにたくさんあると言うのは信じられないでしょう。信じられないと言うかその経験がないんですからわからないですね。アメリカは200年です。そして、支那は、国家として大陸に連続した経験すらありません。ロシアも国というか誰かの「うしはく(支配者の所有物)」です。
最近、TikTokとTikTokライトというアプリを入れました。これ支那作ですね。仕事で疲れた頭で見るのはまだ楽なのですが、両者にあるあの支那ドラマのひどいこと。金持ち偉い、貧乏人はしゃべるな、汚す、怖す、殺す、裏切り。そんなドラマが100%です。本当に支那のテレビってこんなのしかやってないの?
外国人労働者を入れろという議論がありますが、その是非はともかくとして、こんなに「労働」を蔑んでいる人間を雇って、日本企業の経営が成り立つのですか?
ましてや金剛組や慶雲館のように、一度潰れてしまったら、支那人なら一生烙印を負わされます。日本には、信じられない困難を何千年の歴史の中で克服し、そして、うしはくに打ち勝ち、しらすの、国体を維持してこられた陛下がらっしゃいます。日本人に生まれて本当に良かった。
私なんかが支那人に生まれていたら、もう、殺されています。
奇跡なり 世界で続く 我國が 人間社会の 奇跡の国で